「酉の市」  十一月の酉の日は、鷲神社で酉の市が開かれる…その日、藤次郎は会社の帰りに途中駅 にある鷲神社に行った。  「しょーばいはんじょう!かないあんぜん…ハイ!!」  福娘のお払いに藤次郎は照れながら、縁起物の熊手を受け取り、その足で鷲神社に詣で た。  その帰りに、駅の改札口で偶然玉珠に遇った。気づいたのは、藤次郎が先であったが、 玉珠の方から声をかけてきた。  「あら、藤次郎。こんな所で何しているの?」  藤次郎を見つけて、驚いて小走りに近づいてきて藤次郎の腕を掴んで訪ねる玉珠に対し て、  「お玉こそ…」 と、驚く藤次郎を気にも留めず、  「買い物よ。この近くのデパートで冬物の安売りがあるのよ!」  玉珠は、ウキウキして言った。  「安売り?」  首をかしげて聞く藤次郎に、玉珠は藤次郎の腕を取って、  「そう…冬物、冬物…丁度いいわ、付き合ってね!」  有無を言わせないで藤次郎を引っ張っていこうとした玉珠だが、ふと我に返って  「で、藤次郎はここで何していたの?」 と今更ながら訊ねた。  「うん?今日は酉の市だからね」 と言って藤次郎は縁起物の熊手を玉珠に見せた。それを見て、玉珠は口に手を当てて、  「いけない!私も行かないと…ねぇ藤次郎、行きましょ」 と玉珠は言って、取っていた藤次郎の腕をグイグイ引っ張った。  「オィ!安売りは?」  引っ張られながら慌てて聞く藤次郎に  「それは、後でいいわ…」 と、言い捨てて玉珠は藤次郎ともと来た道を引き返した。その道すがら、玉珠は  「でも、なんでわたしを誘ってくれなかったの?」 と攻める口調で言った。  「いや、最近仕事が忙しいと聞いているから…で、今日は?」  困った表情で藤次郎が聞き返すと、  「うん、たまたま仕事が一段落着いて早く帰れたのよ…ったく、電話くらいしてもよか ったのに…」  玉珠は声のトーンを次第に落ち着けながら言った。  二人連れだって鷲神社へ続く参道を歩く。参道は混雑していて、二人は玉珠を先頭に歩 いていた。  「今年は、去年より大きいの(縁起物の熊手のこと)買おうかしら…」 と言いながら、玉珠は人差し指を唇に当てながら、参道沿いの熊手を売る店ごとに物色し ていた。それを聞いて藤次郎は玉珠の袖を引っ張りながら、小さな声で、  「いや、実はお玉の分も買ってあるのだけど…」 と言った途端、玉珠は人の流れに逆らって立ち止まり、いままで取っていた藤次郎の腕か ら自らの腕を振り払い、  「なんで、そう言うことを早く言ってくれなかったの!」 と厳しい口調で言った。  「…ゴメン」  藤次郎は謝るしかなかった。それを見て玉珠は一息つくと、両手を腰に当て、首を少し 傾げながら、  「相変わらずねぇ…いいわ、でも折角来たからには参拝していきましょ」 と言って、藤次郎の手を引いた。  二人連れだって神社に詣でる…もっとも、藤次郎は二度目だが…参詣後、二人で夜店の 屋台を見て回りながら、  「昔、お祭りで二人して屋台周りして歩いたわねぇ…」 と、はしゃいでいた。藤次郎も昔、玉珠とお祭りや縁日を歩いたのを思い出した。そこで、 玉珠は着物の屋台を見るなり、  「あっ…いけない!冬物安売り…」 と言って、突然藤次郎を引っ張り出した。  「おっおい…」  藤次郎はそう言いながらも、玉珠に引っ張られるままにデパートに駆け込んだ。  結局、閉店間際まで玉珠の服選びに付き合わされ、藤次郎は疲れてしまった。  藤次郎はデパートを後にする玉珠と自分の持っている玉珠の買い物の袋の量を見ながら、 「…いったい、いつこれだけの服を買うお金を貯めたんだ…?」と、疑問に思うと共に、 これらの服の収納場所についてのよけいな心配もしていた。そんな藤次郎のよそに  「おなか空いたわぁ…藤次郎、御馳走してね」 と平然と言う玉珠に、  「はいはい…」  藤次郎は「こいつ、俺の財布もアテにしたな…」と思って、ガックリして返事をした。  古びた洋食屋で夕食を共にしてから、二人連れだって夜の街を暫く歩いていた。その途 中で、  「…あら?」  ふと玉珠が見ると、藤次郎の鞄からはみ出した縁起物の熊手が玉珠が着ている上着の裾 に絡まっていた。  「…わたし、福の神に絡め取られたのね」 と玉珠は微笑んで、  「今日は、このまま藤次郎の所に行くわ」 と言った。  「おい、買った服は…」 と慌てて自分が持っている玉珠の買った服の入った紙袋を持ち上げながら言う藤次郎に、  「そうか…」 と言ってハタと玉珠は、思い出したようにクルリと藤次郎に向き直ると、少し腰をかがめ て  「じゃぁ、藤次郎がわたしに引っかかってわたしの所にくると言うのは?」 と言いながら、首を傾げた。それを見て藤次郎は  「まぁ、どーでもいい…」 と言って、藤次郎は呆れた。 藤次郎正秀